− 5シリンダーエンジンへのチャレンジ −
デイユーク大学の教授、ヘンリーペトロスキーは「設計のコンセプトはイマジネーションの飛躍と経験と知識の融合であらねばならず、その時の気持ちはアーチストがキャンバスに向かう気持ちであるべき」と言った。製図板であろうと、コンピユーターの画面であろうと、それに向かう時、美しかるべき「モノ」への瞑想は必要である。彼はまた「いったん設計に入り、開発に入ったら科学者と全く同じ科学的方法を厳密に適用しなければならない」とも指摘している。全くその通りである。設計者は考え、考え、更に考えるべき、そしてもう一度考えろ、もう一度考えるか考えないかで、駄作と傑作が別れると私は言ってきた。それでも尚トラブルが生じたならこれは天命であり、天の試練である。全身全霊を注ぎ込んで人事を尽くすべきである。人事を尽くして反省するなとも言ってきた。考えもせずに失敗を誘い安易に反省反省、再発防止などと騒ぐなと言いたいのである。
1994年、日野自動車は中型の主力エンジンを今までのH型からJ型にモデルチェンジした。この時N君を中心とする若手から5シリンダーエンジンをやりましょうと言う提案が出てきた。私は反対した。列型5シリンダーなどというエンジンは世界に殆ど例が無く、特にトラック用は過去にはあったものの、短命で市場から消え去っていた例が思い浮かべられる程度であったからである。列型では3シリンダー、4シリンダーそして6シリンダーが常識なのである。5シリンダーは振動が問題である筈である。ところがN君は特別に時間を下さいと言って技術会議で滔々と2時間にわたり自説を展開し5シリンダーを推進すべきと主張したのである。4シリンダーと6シリンダーとの中間の馬力はいろいろな車種を展開する上で確かに欲しいのであるが、普通は6シリンダーの馬力を落として使うとか、4シリンダーを過給して使うとかで間に合わせたのである。彼は4、5及び6シリンダーを対比し、しかも、5シリンダーの要求品質は当然6シリンダーに限りなく近いものでなければいけないと言う前提で検討を重ね、その解析は詳細を極めていた。
エンジンはピストンが往復運動するのであるから当然振動を生じ、それはシリンダーの並べ方やその数でいろいろ複雑な様相を呈し、5シリンダーでは特にエンジンの前と後を逆に揺さぶるような力がかかる。これを退治するにはバランスシャフトをエンジンにつければ良いのであるが、完全には退治しきれない。この辺までは大体判っていることなのだが、これが車に対してどの程度の影響を及ぼすかが今一不安であった。彼はトランスミッションからプロペラシャフトまで含めた駆動系の振動とこれが車体に及ぼす振動を厳密に計算した。また、エンジンは爆発を間欠的に行うのであるから1回転の間にその伝達トルクの変動も、回転の変動も生じ、これも振動と騒音の元になるがこれらに付いても計算をやって遂げ、普通の4シリンダーと6シリンダーと対比して説明した。
もう一つ重要なことは、技術には必ずそのトレンドがあり進歩する。車両の騒音も振動も年々静かになりこの新エンジンがデビューする時期には現状の評価では不可でその進歩した水準でどうなのか、新型としてのモデル寿命を推定して判定しなければならない。彼はそれも加味し新形式のエンジンとキャビンの独特の支持方式を含めて提案した。私は言った「うそ八百並べやがって、解ったよ、そろそろ俺がだまされる番だ、やって見な」。内心、私は嬉しかった。しかし、それなら何故採用例が少ないのか? もし、不測の事態で収拾が付きかねたら4シリンダーエンジンと6シリンダーエンジンとで補完せざるを得ないなと密かに思った。
エンジンは開発され、車両テストとなった。そして、果たせるかなと言おうか、心配は的中した。高速走行時にキャブ内に異常な振動が生じたのである。私は見守った。彼らはキャブのパネルに制振材を付加し、エンジンとトランスミッションの接合部を工夫し遂に解決してくれた。彼らは考える道具にコンピューターを駆使し、現物のトライアンドエラーで完成、ペトロスキーの心を地でいってくれたのである。いま、このユニークな5シリンダーエンジンはターボ・インタークーラーを装着した大出力のバージョンも加え、3.5トン車から8トン車までをカバーするショートキャブ
(荷台を延長するためベッドを無くし、長さを詰めたキャブ形式) に搭載され活躍している。
日野自動車の技術の初代総師は星子勇である。彼は日本で初めてのトラック、初めての航空エンジン、世界記録を樹立した航研機の製作など大変な「チャレンジ」の伝統を作ってくれた。私が口を挟んだ最後の作品が先賢の伝統を守り、万全の配慮の元で新技術に挑戦し、コンカレントなトライアンドエラーの末、傑作をものにしてくれた事実を嬉しく思うわけであるが、「チャレンジ」は何も日野に限らずモノ作りの原点である。不断の勉強と小さな工夫の積み重ねと万全の配慮が「チャレンジ」の勇気を与えてくれるのである。

図 5シリンダーエンジンの振動対策
その振動は、重い籠を抱えて踊るが如し、その姑をなだめるには、さて?
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